プラザ KWA


No.15-019   「春一番駿河路十里」を歩いて      増田 豊 (会員番号791、掛川市)

 海老名(あびな)に入ると、道は川に沿って右に左に緩やかに曲がっている。のどかな田舎道であったが、何故かせかせかと先を急ぐ。何度目かの曲がり角の先に満開の紅梅が目に入った。「ああー 今年は満開だ!!」

 今年は24回目の春一番であるが、初めて歩いのが平成10年2月22日で、第5回「しずおか春一番駿河路十里」で、藤枝までの道のりはやたらに長く、速く、厳しい、苦難のスタートだった。当時は7時30分集合でお昼は小夜の中山だった。自分のゴールは最後の方で15時17分と記されている。その時「初めての参加で40kmを歩いたなんてすごいよ」と気安く声を掛けてくれた人がいた。参加者186人であった。

 今思うと「KWAはNHK」だ、ということを全く知らずに体験参加をしてしまったのだ。「入会して年会費を払えば体験参加費は不要」との甘い?言葉に、前後の見境なく即入会した。それが良かったか悪かったかはいまだに分からないが、この日を境に「歩き」を始めたことは確かで、自分の「歩き記念日」でもある。

 ともかく、今年は深田副会長から「一日役員」を、との計らいで先頭を歩く機会を頂いた。過去には他のコースの先頭を担当役員として歩いたことがあったが、春一番のこのコースは初めてだ。それだけに格別なものがあった。


 菊水の滝から小夜の中山峠まで、フリーウォーク区間となり、先を競って歩いたが見るまにおいて行かれた。今まで先頭を歩いていた楽しさと快感は微塵にも搔き消された。「ああこれが実力か」そう思うと、諦めもつき、景色を見る余裕も出てきた。粟ケ岳の茶文字を友に、追い抜かれても焦ることなく、フリーウォークはマイウェイとなった。

 以前には中条景昭の銅像から蓬莱橋へと歩くのが通常のコースであったが、何時の時からか、コースは今回のように島田大橋から大井川のマラソンコースへと変わった。橋の上から再び粟ケ岳を見ることが出来たが、のんびりと眺めていられない。先頭だからではなく、橋の上の強風に帽子を押さえながら、今度は風との戦いとなった。

 再び、マラソンコースはフリーウォークとなり名言「楽しみながら歩けば、風の色が見えてくる」どころではない。冷たい北風に背中を押されながら、終わりのないレンガ色の道をひたすら歩いた。

 先頭を歩きながら、思いにふける余裕もなく、ゴール地点、藤枝駅が迫ってきた。駅近くで、役員のリードによるクールダウンストレッチを済ませ、解散となった。

 疲れた。だがその疲れが電車の中で何故か「心地よく」感じた。今までにない「充たされたもの」があった。それは一日役員で先頭を歩くことが出来た「優越感」であろうか。それとも、多くの仲間と一緒に歩けたことによるものか。「楽しみながら・・・」とは言え、夢中で歩いているときはそれどころではない。だが、ゴールを目指して夢中になって歩いているとき一瞬「空」になるときがあるが、その時が、辰濃和男さんが天声人語の中で言っている「風の色が見えてくる」時なのだろうか。

 駅からの帰り道、春一番の思い出、今までの歩きの事、掛歩の事など、・・・気が付いたら玄関の前だった。

 「天声人語」の全文を何度も何度も読んでみた。

 昭和60年7月21日の朝日新聞にあった。「毎年、オランダの小さな町で、大きな催しが行われる。フォーデーズ・マーチとも呼ばれて、歩けオリンピックとも呼ばれている▼(中略)▼いま日本では、「歩き」の愛好者が激増し、約900万人ともいわれている。「WALK」という専門雑誌も出ている。運動不足を解消するため。体力と精神力の限界に挑むため。根性の育成のため。歩き続ける理由はさまざまだが、歩きの神髄はやはり、歩くことを楽しむことだろう▼楽しみながら歩けば、風の色が見えてくる。」(抜粋)


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